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うっとり氏

今になってビートルズの資料を読んだりして、本当に私はビートルズのことをあんまり知らずに聴いてたんだなあと思う。

 

5人目のビートルズ、最後はプロデューサーのジョージ・マーティン氏です。

デビュー前、あらゆるレコード会社に契約を断られ続けていたビートルズのテープが、当時EMI傘下のパーロフォンというレーベルでA&R(アーティストの発掘・契約・育成とそのアーティストに合った楽曲の発掘・契約・制作を担当する仕事だそうです)の仕事をなさっていたジョージ・マーティンの手元に紆余曲折を経てまわってきて、それを聴いてどこか心惹かれるものを感じた。

これが出会いだそうです。

 

彼が携わった音楽をこんなにたくさん聴いてきたのに、私がジョージ・マーティンについて知っていたことは、元はクラシックの専門だったらしいということくらいでした。

アルバム「アンソロジー1」のライナーノーツによると、ビートルズに会ってみることを決めたとき「ここで なにが起こっても、私には失うものなどなにもない」と考えたそうなので、彼も当時はだいぶくすぶっていたのではないかしらね。。

てっきりクラシックレコーディング界ですでに成功なさってたかたなのかと思っていたのですけど、違うのかもしれません。

 

画像検索したり、YouTubeで映像を観たりした印象は偉そうな雰囲気は全然なくて、常に真剣に考え込んでいる、録音した音楽を再生して視聴しているような写真なんかとてもうっとりとした表情で、本当に音楽が好きなんだわあと感じたのでした。

 

ビートルズのオーディションからデビューまでの期間、メンバーたちと関係性を築いていくなかでジョージ・マーティンは曲の最終的な決定権をビートルズに与えることに決めたそうです。デビューシングルもはじめはジョージ・マーティンの方で用意した曲があったのだけれどジョンとポールのオリジナル曲を使いたいという希望を叶えて「Love me do」になりました。

リバプールの不良じみた若造のバンドだった(しどい言い方してごめんなさい)彼らの意思を尊重していくと決めるのは、勇気も要ったのではないかしらん。

でもそれによってビートルズは自由に本来の、もしかしたらそれ以上の能力を発揮できたような気がします。

 

ジョージ・マーティン氏。今年の3月に90歳で亡くなってしまったけれど、ビートルズを見つけてくれてその音楽に影響を与えて、他にもたくさんのミュージシャンのプロデュースもなさってるし、その音楽から影響を受けたあらゆる人たちが新たな音楽を作って・・・と考えると彼が残したものがどれくらいなのか果てしなくてわかりません。

ただただ尊敬と感謝です。

 

 

JUGEMテーマ:illustration

 

 

 

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